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Critique of Games メモと寸評

http://www.critiqueofgames.net の人のブログです。あんまり更新しません。

Wiiは、映像から身体へのイノベーションをもたらしたから大成功した……のか?

産業論

 「任天堂は、ゲーム機の世界に破壊的なイノベーションをもたらした。映像のキレイさを競う世界から、身体をもちいたゲームへのイノベーションを起こした。もはや、ゲーム機の処理能力だけで競う時代ではない。」

 ……ということを、いろいろな人が、口にするのを目の前で見る機会が、ここ数年とても多くなりました。そういうときにコメントを求められと、いつも「ええ、まあ、おおざっぱには、そんなところだと思います」というテンションの低い応答を返しています。
 なぜかというと、その説明の仕方に違和感が残るから、です。
 もちろん、その話はある程度ホントだし、わかりやすい話を求められている場では、そのように話すのは正解だと思います。ですが、そんなに単純な話か、というと、そんなに単純な話ではない。(少し詳しい人は、どの分野でも、いつもそう言うものですが…w)
 たとえば、上記のような発言ならOKですが、たとえば、これが少しかわって以下のような発言になると、話は変わってきます。

 「Wiiは、ゲーム機の世界を完全に変えた。映像のキレイさを競うのではなく、身体をもちいたゲームへと競争の在り方時代を全て変えた。もはや、ゲーム機の処理能力は全く重要な要素ではなくなった。」

 といわれると、NGです。

 「映像のキレイさへの各社のこだわりの違いが、全ての明暗を分けた」
 「処理能力の競争はまったく重要な要素ではない」
 「身体を使ったゲームが新しいパラダイム

 これに頷け、と言われると「うーん、それはちょっと、あまりに単純化しすぎかもしれませんね…」と。お答えすることになります。


 どこらへんが違和感なのか、ということを、今後聞かれたときに、答えやすいようにするため、少しまとめてみたいと思います。

(※下記、ゲーマーの人向けというよりも、イノベーションだとかの議論に興味のありそうな方向けに対してもともと書いていたものを、加筆修正しています。)

Q1:映像のキレイさへの各社のこだわりの違いが、全ての明暗を分けた…のか?――変化の原因をどこまで一つの要素で語れるのか

 「映像のキレイさへの各社のこだわりの違いが、全ての明暗を分けた」

 といわれると、それは明確に「ノー」です。当たり前ですが、何かが変わる、というときの要因はとても複合的です。

 もちろん、複合的な要因の中でも、「映像のキレイさの競争」という要素の有効性が、ある時期まで絶大で、ある時期以降の影響力が低下している、ということが、複数の要因の中でもかなり重要な要素であることは、実際にそうだろうと思います。そこにはあまり、異論はありません。(&加えて、レトリックとして、少し強めに書いてしまっているというのも、もちろん、理解します)

 いくつか簡単に*1複数の要因についてリストしてみると、例えば下記のようなものですね。
 

Q1-[A]まず、改めて確認。技術競争の無効化説

 ハイディフィニションな映像を求める競争が一時期までは有効だったが、大半のユーザーにとってどうでもいいぐらいキレイな映像になってしまった。なので、現在の家庭用ゲーム機市場の競争優位を考える上で重要な要因ではなくなってしまった。
 もちろん、今でもある程度は有効ではあるが、多くの地域/市場を眺めてみるとその有効性は大きく陰っている…という仮説。
 これは確かにそうだと思います。

 ただし、一番問題となるのは、Xbox360や、PS3といったハードは北米でも、ヨーロッパでも、日本よりもよっぽどよく売れている、ということだと思います。Wiiが売れているということをもって、CPUやGPU性能を競うことが「最も重要なこと」でなくなったのは確かです。でも、だからといって「全く重要でなくなった」と言ってしまうと、ハードの処理性能を売りにしている、Xbox360や、PS3が世界中で何千万台も売れているという状況がなぜ成立するのか?これは、技術競争が完全に無効化された、という観点からは説明できません。*2

表:地域別のハード売り上げ*3

日本アメリカその他
Wii767万台2112万台1704万台
PS3276万台751万台934万台
Xbox36089万台1585万台1080万台
DS2550万台3200万台3976万台
PSP1160万台1560万台1628万台
 

Q1-[B]マーケティング要因

 日本国内における、任天堂のマーケティングのうまさ、一方でのMSの日本国内での困難な状況というのは、やはりあるので…。日本国内だけ見ても、任天堂のCMの打ち方がかなりうまかったというのはあるかと思います。もちろん、(MSの欧米でのマーケティングについての評価はちょっとわかりませんが)
 

Q1-[C]価格競争力

 単純に、Xbox360や、PS3は値段が高かった。Wiiの値段の二倍。DSの値段の二倍以上。

Q1-[D]地域依存性、歴史的経路依存性:プレイしたいソフトが違う。ネットワーク外部性の機能の仕方が異なる。

 Xbox360は、日本の一般マーケットでよく売れるようなソフトをあまり作れていません。逆に、欧米では、欧米マーケット向きに売れるようなソフトを上手くリリースできていると思います。つまり、日本の「万人向け」ではないけれど、欧米だとそれなりに「万人向け」に近いものができている。Wiiと、Xbox360PS3でどれが万人向けにいいものか、というような議論はやっぱりこう考えると難しくなります。マーケットごとのコンテクスト依存度の問題はやっぱり大きい。
 たとえば、Xbox360でもおもしろいソフトは多いけれども、日本ではヘビーゲーマーにしかXbox360は理解されていない、というのが現状だと思います。逆に、最近の日本人ヘビーゲーマーの知人は、Wiiよりも、Xbox360の好きな人がすごく多い印象です(PS3も)。ヘビーゲーマーの間では、Wiiはそれほど圧倒的優位なソフトのラインナップではない。プレイしたいと思えるソフトが多くリリースされているハード(例:北米ゲームプレイヤーにとってのXbox360)であれば、ハードはその技術的性能に関わらず、優位性をもつわけですが、プレイしたいと思うソフトが様々なコンテクスト依存要因について、地域ごとに大きく違うわけです。

 米国で、Xbox360が売れているのをみて「米国は日本と違うなあ」と思われる方は多いと思います。では、それは米国が特殊ということなのか、というと、むしろ今、市場として世界的に特殊なマーケットになってきているのは日本のほうだと思います。実際、北米の市場とヨーロッパの市場の類似性はけっこう高くて、日米で比べると、どっちが特殊なのかわかりにくいですが、世界的には日本のほうが特殊な市場です。
 これを説明する議論の一つは、例えば、地域ごとに異なる、歴史的な経路依存性です。例えば、メディアクリエイトの細川さんなどは、日本は家庭用ゲーム機のマーケットとしては、実質的な歴史が最も長く、ユーザーも成熟しており、ソフトを選ぶ規準が欧米とは異なる、という旨のことをおっしゃられています。



 ということで、簡単に思いつく要因を挙げてみましたが、どの要因が一番クリティカルなのか、ということを、断言するのはけっこう難しいのかな、という気がします。もちろん、技術的な決定要因が占める影響力決して少なくない、とは思うのですが、関連する要因というのは、実はかなり多いので、Wii据え置き型ゲーム機の中で一番売れているということだけをもって、何がどこまで言えるのか。「詳しい人」としてのコメントを求められると、そこは少し慎重に答えざるを得ません。
 日本にいて、日本の風景だけを見ていると、本当に任天堂Wiiが圧倒的一人勝ちしているように見えると思うのですが、それは日本にいると、ことさらそう見えるということがあります。もちろん、任天堂がものすごく景気のいい勝ち方をしているのは事実ですが、世界的な状況を見てみたら、SCEもMSも、日本国内での展開から窺われるよりも、ずっとずっと頑張って展開できています。


Q2:処理能力の向上をめぐる競争は本当に終わったのか?

 
 次に、「処理能力の競争はまったく重要な要素ではない」かどうか、ということです。
 これについては「それは言い過ぎだろう」ということになります。

 たしかに、CPU/GPU処理性能の向上がいつまで/どこまで重要な競争優位の源泉として機能するかといわれると、どんどんとその重要性は相対的に低下してきています。その陰りがみえているのは確かだと思います。とりわけよく指摘されるとおり、

  技術の絶対性能の向上 → グラフィックのハイディフィニション化(高精細化)

 という路線は、2000年代前半から、かなりゆきづまっていると思います。天井のあたりにぶちあたってきているという感触を多くの人が抱いているのは事実だと思います。実際、みんな「グラフィックで、一体、あと、どんな魅力的なことができるって言うのだろうか?」と思っていた時期もあったのですが、道は、ハイディフィニション化だけではなかったわけです。
 一つの回答を与えたのは『half life2』『Line Rider』といったゲームの中にあります。これらのゲームでは、グラフィックのキレイさよりも、グラフィックの中の要素が個別にきちんと物理的な挙動をしてくれることに、ゲームの面白さがあります。単に映像がキレイなことだけが、CPUの使い途ではない、ということですね。
 他には例えば、『Spore』や『Sims』といったゲームを挙げてもいいと思います。ユーザーが簡単に複雑な3Dの形状をモデリングすることができます。こういった、プログラムの力を借りて簡単に複雑なグラフィックなどを作れるような技術は、現在「プロシージャル技術」と呼ばれ注目を集めていますが、こういったところにも、CPUの使い途はあったわけです。
 つまり、こういうことです。

  技術の絶対性能の向上 → 物理エンジンの高性能化、
              →  プロシージャル技術の発展
              →  ゲームAIの高性能化

 こうした形で、グラフィック以外にも、高性能なCPU/GPUに対して、いくつかの新しい用途を開くことで、2000年代中盤以降の北米ゲーム産業は対応してきているといった事態もあります。グラフィックのハイディフィニション化は、非常にわかりやすい軸の一つですが、高性能であることに対応している要素はかならずしもそれだけではない、という点は一応フォローしておくとよいかと思います。まあ、もちろん、高性能機(Xbox360,PS3)では、グラフィックの派手さ、というのが重要な訴求点であり続けてはいる、というのは事実だと思いますが。

 …ということで、という技術性能のインクリメンタルなイノベーションという一元論的発展システムと、それとはことなる発展システムの間の乖離(PS3,Xbox←→Wii,DS)だけでなく、2つの協調/相補関係がみられる、というのが実際の展開かな、という気がします。

Q3:身体を使ったゲームが新しいパラダイム…なのか?―――キレイな映像をつくる競争の次に、何が来たのか。

 最後に、「身体を使ったゲームが新しいパラダイム」なのか、ということです。
 これには「数ある新しい方向性の一つとしてはそうだと思う。…けれども、それが全てを担う新しい標準になったわけではないし、もっと大きな話があります」と答えます。

 まず、多くの方が誤解していらっしゃいますが、PS2Wiiという覇権の交代は、家庭用据え置きゲーム機の世界に絞って言えば確かにそうなのです。ですが、ポータブル機を含めた覇権交代ということで言えば、PS2→DS というのが実際の状況だと思います。据え置き機ナンバー1のWiiと、ポータブル機ナンバー2であるPSPが世界で同程度(4500万台ぐらい)しか売れていない、というのは驚くべき事態だと思います。
 以下にハード別の合計売り上げをランキングしてみました。Wiiの売れ行きが、DSよりもPSPとほとんど同じだということがわかるか、と思います。

表:現役5機種の合計販売台数ランキング*4
1.DS9727万台
2.Wii4584万台
3.PSP4348万台
4.Xbox3602754万台
5.PS31961万台
 
 これは、「視覚のインタラクションを行うメディアから、 → 身体を使ったインタラクションを行うメディアへ」という形で起こった変化よりも、「据え置き機から → ポータブル機へ」という変化のほうが大きいということを示しているかと思います。ここでも、ハイディフィニションな映像を作る競争、という既存のインクリメンタルなイノベーション*5とは違う世界が拡がっているというのは確かです。
 しかし、じゃあ、そこで起こったパラダイムシフトが、単一のパラダイムシフト――たとえば、「映像から身体へ」あるいは「重厚なスペクタクルから、カジュアルなゲームへ」――というだけで語れるのかどうか、というのは疑問です。既存の枠組み(ハイディフィニション競争)の有効性に限界が生じてきたところで、イノベーションの方向がかなり複数の方向にバラけて、それぞれにいろいろなイノベーションがそれなりに成功している、というのが現状かな、というように思っております。
 それぞれのイノベーションというのは、具体的には、世界で一億台弱売れているDS。4000万台半ばぐらい売れているWii,PSP。また、2000年代以降の世界的な動向としてWorld of Warcraft(世界800万ユーザー)などのオンラインゲームや、Hangame(日本で2000万アカウント、韓国で2500万アカウント)などのオンラインプラットフォームといった形で。
 これらの中で、Wiiは成功したワンオブゼムの一つ。そして、DSは大成功して、ワンオブゼムというには、頭が二つぐらい抜けている、といったところでしょうか。
 冷戦後の分裂じゃないですけれど、2000年代後半のゲーム産業の動向を簡単にまとめれば、「Aの強かった世界から、Bの強かった世界に」という革命(レボリューション)が起こって覇権交代したというよりも、「Aの強かった世界から、B,C,D,Eがそれぞれに強い世界に」という、ある種の分権化/分裂(デヴォリューション)が起こっている、というのが、より実際的な状況だと思います。

 これは、私が2006年末にも書いたことの繰り返しでもありますが、もちろん、私だけが言っていることでもありません。DSの勝ち方をどのぐらい強烈な「一人勝ち」と捉えるか、どうかというのは論じ方がいろいろとある*6かとは思いますが、SFC/PS/PS2のような、いままで見られた勝ち方とはシェアの取り方が大きく違う、というのは確かだと思います。


 また、2007年〜2008年にかけてPS3ではなく、PS2は実は世界で、2000万台強、売れています。これは、PS3の同時期の売り上げ(2000万台弱)よりも、少し多く、Xbox 360の同時期の売り上げよりも、やや少ないぐらいの数です。特にアメリカで売れています。このことは、技術競争の無効化説を裏付けるものとも取れますが、「身体を使ったインターフェイス」へとパラダイムシフトした、という説には反します。また、PS2がこれだけ売れているということは、技術競争の無効化説だけでは捉えきれない部分も多いです。
 第一に、昨年度のPS2の発売ソフトタイトル数は、国内の状況だけを見ても、PS2のタイトル数(316本)が、DS(456本)に次ぐ数を、出していたり*7します。第二に、価格競争力が違います。今はPS2ハードの本体価格が非常に安く1万6800円になっています。それだけでなく、発売しているソフトも廉価版(1500円〜2800円程度の価格。通常は5000円〜8000円程度)のものが多くなっており、ゲームの中古屋にいっても一昔前のヒットタイトルをとても手頃な値段で購入できるハードになっています。第三に、アメリカのゲームプレイヤー層が、所得的にやや低めの水準の人が多くなっている傾向は前々から指摘されています。可処分所得のあまりない消費者層*8は、もちろん価格に敏感なので、価格という変数が非常に大きく効いてくることになります。

まとめ

 いろいろと書きましたが、「映像の精細度をめぐる競争」ということの影響力が昔よりも低くなってきているのはほぼ確実だと思いますし、新しい流れがいろいろと来ているというのも、実際そうだと思います。
 しかし、これを、「映像の精細度をめぐるゲームから、身体のゲームへ!」というわかりやすいパラダイムシフトとして描けるか、というとそれは無理だ、ということです。「Aだったものが、Bになった」というシナリオは非常に話としては落ち着きがよく、わかりやすく聞こえるのですが、それは部分的にしか事実を反映していない。むしろ、全体状況を的確に語るというコンテクストの中で、その話がなされるのであれば、それは積極的に間違っているといってもいいと思います。「A」の影響力は無くなったのではなくて相対的に低下しているのであり、BになったのではなくAならざるものがいろいろな形で噴出してきているということだと思っています。
 ただし、日本にいると世界的な状況よりも、特殊?なのか先端的?なのか、影響力の低下がより顕著に見えてしまう。そういうことはあるのだろうな、ということです。

*1:網羅的ではありません

*2:さらに言えば、制作側の事情というのも。ソフトウェア開発のモジュール化/工程管理の効率化等をうまくなしとげた米国はXbox360や、PS3の開発プロジェクトに適応しやすくとも、日本のソフトウェア開発現場の状況では高性能機への対応が難しい……という、よく言われる話も、とても重要かと思います。ハード性能に対応できなかったのは、ユーザーなのか、開発サイドなのか。

*3:データソースは、vgchartz.com(http://www.vgchartz.com)を元にした。2009年1月現在。

*4:データソースは同上。言うまでもなくPS2や、FC、SFCの売り上げは含んでいません。市場ランキングではありませんのであしからず

*5:レッドオーシャン

*6:この点はけっこう、というか、かなり難しい問題になります。シェアの取り方が旧来と違うことは、本文中でも触れた通りですが、「市場を席巻する」ということをどのように捉えればいいのか。議論するための枠組みを「一人勝ち」モデルでもなく「群雄割拠」モデルでもなく、その中間的なモデルで捉える必要があるのかもしれません。たとえば、合従連合とか、連合国の王様、みたいなイメージも可能かもしれませんが、DSとPSPXbox360の市場は同じイメージで捉えるにしてもまったくその性質が違うので、連合…という感じでもない。ピタっとくる言葉があればいいのですが

*7:2008年に発売されたコンシューマーゲームのタイトル数 http://d.hatena.ne.jp/longlow/20090113

*8:お金がないのであれば、そもそもゲームなんて買うなよ、という気もしますが。そこでなぜ、ゲームを買うという購買行動に至るのか、ということについての説明はけっこう難しいかもしれません。