Critique of Games メモと寸評

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どこからが豊かな批評なのか

#本記事の想定読者はラーメン界隈の人ではないので、ご了承ください。

 

松永くんの「ビデオゲームは芸術か:『ビデオゲームの美学』3章をわかりやすく書く」を読んだ。

http://9bit.99ing.net/Entry/96/

 

 大筋の議論は勉強になったというか、松永くんにいままで聞いていた話をあらためて、まとめているという感じでよかった。

 で、こまかいツッコミで、恐縮だが、

 「ラーメン文化」をビデオゲームとの引き合いに出しているが、『ラーメン発見伝』(5巻まで読んだ)『らーめん才遊記』(全巻読んだ)感じからすると、ラーメンは結構それなりの批評が成立している感じがする。

 

<ラーメン文化の「批評」>

 

■評価対象の同一性が問題になりがち。
→「二代目」「跡継ぎ問題」「バイトくんが臨時でつくったラーメン」が、「真にその店のラーメンと言えるのか」という問題はしばしば発生している。(これは、再現に関わる技術的な問題や、オペレーションの質の問題であることが多い。ので、リメイクとかとの問題とは違うが)

■当のカテゴリーならではの特徴が問題になりがち。

→『ラーメン発見伝』知識で言うと、「札幌味噌ラーメン」「博多とんこつラーメン」の範囲はしばしば問題になっている。(味噌ラーメンのレシピのバリエーションとして、どこまでがアリか、というタイプのカテゴリーの問題が頻出している。どこまでが漸進的イノベーションで、どこからがカテゴリーを脱するタイプのイノベーションなのか。)

 →どこまでが、ラーメンなのか問題でいうと、『ラーメン発見伝』の中で、日本のラーメンを、台湾で売るときに、かなり台湾カスタムしてしまうことが多いという話が論じられている。日本と台湾のラーメンの違いとして、特に麺のコシの硬さが問題になっていて、「日式ラーメン」は、一定程度以上の麺の硬さが重要だという基準が示されている。

→また、「パスタ」や「うどん」「そば」といった他の麺料理との違いについても、ちょいちょい議論になっている。とりわけ、トマトラーメン系だとパスタとの違いは意識されがちだし、ストレートの太麺だとうどんとの関係性は意識されがち。(だいたい、そういう場合「かん水」あたりが論点になりがち)

■評価や作品記述の語彙が豊富。

→かなり豊富な語彙がある。グルタミン酸イノシン酸等の説明にはじまり、麺、スープ、具材、その合わせ等に関して、かなり整合的な説明が試みられている。

→ただ、ゲームと違うのは、ラーメンについては、一般のお客さんは、そこまで豊富な語彙をもっていないことは違うかもしれない。プロや、ある程度のマニアでないと、ラーメンについての語彙を使う人は多くないだろう。

サブジャンルが細分化されがち。

サブジャンルで言えば、味噌、醤油、豚骨、塩などに加えて、家系ラーメン、二郎系、天下一品系……。そして、『ラーメン発見伝』の中で繰り返し論じられるのが90年代のニューウェイブ系ラーメン……。

サブジャンルの細分化自体は、かなり頻繁に行われているといった印象。

 

 

 ラーメンでは、通常、何かを表象しているわけではなく、ラーメンの香りや、見た目が与える印象は、その先にあるラーメンの味覚のシグナルなのであって表象ではない。(※「香り」や「見た目」自体がラーメンを食べるという行為の欠くべからず一部であるという話もあるだろうが、ややこしいので、ちょっとパスする)

 その意味で、ラーメンはなにかの表現形式であるとは言えず、その意味では、「芸術形式」とは言えないだろう。ただ、松永くんが言うところの制度説によって明確に排除しやすいタイプの文化カテゴリーではないように思われる。

 具体的に、ラーメン評論家として活動している人にどんな人がいるのかは、あまり詳しくないが、

 

例えば、下記の田中一明さん(本業は官僚)のテキストなどは、十分に批評の豊かさの一端を感じさせる。

www.syokuraku-web.com

 

ある種の批評実践、批評のコミュニティというのは、表象形式であるかどうかは関係なく、おそらく

1.多種多様な創意工夫をする余地があり、

2.一定以上の制作物の需要者がおり

3.かつ、需要者が熱心に言語化しようとするモチベーションをもっている

状況であれば、批評のコミュニティ自体は成立するんではないだろうか。

 

<キーボード文化の批評>

 

昨年から、私は、キーボードの配列&自作キーボードコミュニティにいるけれども、そこでも批評に近い行為はそこそこ成立している気がする。
とりあえず、物理系のキーボード界隈だけで言っても、下記の三点はかなり満たしている。

  • 評価対象の同一性が問題になりがち。→ 現世代のRealforce R2と旧世代RealForceの同一性は、親指シフターの間では、かなり大きな論点。
  • 評価や作品記述の語彙→めっちゃ豊富。キースイッチの荷重特性とキーキャップの細かい話だけで、数時間は余裕で潰せるだろうと思う。配列に関しても、やたらと概念が豊富。
  • サブジャンル→RS、CS、格子配列、3Dキーボードといった大くくりのジャンルに加えて、いろいろな細かな違いが論じられている。配列のサブジャンルについては、昨年つくったこちらを参照。

 ただ、「当カテゴリーならではの特徴」となると、これは正直、議論が薄い。ソフトキーボードと、物理キーボードの違いが自明すぎる。ワイヤレスプロジェクションものとか、いくつかの変わり種はあるが、ソフトキーボードと、物理キーボードのボーダーラインに横たわっているものがあんまりない。敷いて言えば、Nomu30みたいなちっこいキーボードをどこまでミニマムに突き詰められるか的な話はそれなりに意識している人はいる。

keys.recompile.net

 とはいえ、キーボード界隈は、比較的、みんな仲良くキャッキャウフフしている系のコミュニティなので、あんまりゴリゴリ煽るタイプの人というのが多くない(大岡俊彦さんは、結構あおり気味で書くけれども)のもある。
キースイッチの荷重特性の話は、道具の機能性の問題で語れるところも多いが、「どのキーキャップが良いか」みたいなのはファッションの問題と近いので、もう少し論争的になってもよさそうではある。

 

 話をまとめると、いわゆる創意工夫が可能なタイプの趣味文化。最近でいうところのCGMUCC的なコンテンツが成立する一定規模以上のコミュニティだと、「マニア」筋の人はまあ、だいたい、かなり詳細な語彙/サブジャンルの意識/同一性の議論とかはしがちだと印象がある(マニアでない人はさておき)。

 オーディオマニアしかり、ファッションオタしかり。

 まだいろいろ深堀りできそうな、面白い論点であるように思う。