Critique of Games メモと寸評

http://www.critiqueofgames.net の人のブログです。あんまり更新しません。

続編ものを憂慮しはじめたのはいつごろか?

 ゲームがつまらないな、と感じた時期について、書いた、続編ものを憂慮する声はいつからなのか、という統計情報とかがないよね、という話を書いたら、ゲームを語ろうの沢月さんから面白い指摘をいただきました。

 http://homepage1.nifty.com/sawaduki/game/sawa/gdiary05.html

ファミリーコンピュータMagazine」(徳間書店)1988年14号P125「週間ゲームベスト20」のコーナーにあった、編集部コメント。これは読者アンケートから集計した「前人気ベスト20」についてのものだ。

「いつのまにか「2」ゲームがベスト20の半数を占めていた
 超人気ゲームの「究極ハリキリスタジアム」と「妖怪道中記」が抜けたあとも、変わらず人気を集めているマリオ3と燃えプロ'88が1位と2位を占めた。
 それにつけても、このベスト20を見て驚くのは、前に出たゲームと同じ題名をつけた「2(ツー)」ゲームの多さだ。燃えプロ'88とマリオ3を含め、全部で9本もある。この「2」ゲームの流行は、メーカーにとっては知名度があって宣伝がしやすいからかもしれないが、ユーザーにとっては新鮮さがなくなり、現在の「元気のなさ」の原因になっているような気がする今日この頃…。」

 創刊号から1990年分までざっと読んだけれど、いわゆる続編ゲーム(この時にはまだ呼び名がなかったのね)の多さを憂慮するコメントはこれが(ファミマガでは)最初だったように思う。以後「ゲーム大賞」講評などで時折見かけるようになったが。

 っていうか、沢月さんも80年代資料を集めていらっしゃったのですね。
 

死の表現をめぐって 補足

 あと、先日の文章<死の表現をめぐって>を公開してから二週間たちますが、私が90年代のコンシューマーゲームの死の表現を「隠蔽」として評価してしまっている、というように受け取った方が多いのに少し驚きました。誤読などと言うつもりはありませんが「隠蔽」と書いたのは単に議論の切り口でしかなく、私が「隠蔽」などということを結論として提示してないことはきちんと読めば通じるはずだろうと、……いや、まあ、そのような「読まばわかるはず」というほどに読みやすい形でなかったこともありますが(笑)、「隠蔽」という評価が私の意図ではない、ということだけを控えめに主張しておきます。
 まあ、どのような読み方をされたのであれ、あんな読みにくいものを読んでいただけたのであればそれで十分なんですが。

GoogleMapでナスカの地上絵や、ピラミッドが見える!

 最近、日本版が導入されたことで俄然話題のGoogleMapですが、なんとGoogleMapでナスカの地上絵が見えるという話↓
 http://www.drk7.jp/MT/archives/000858.html

 この話に驚いたのは、GoogleMapのテクノロジーの水準という意味ももちろんあるのだが、それよりも、この話に驚いている自分に驚いた。
 だって、これって実際には、超巨大なjpg画像を見ているのと変わりはないわけだから。だけれども、これが「ナスカの地上絵の写真」や「エジプトのピラミッドの写真」という単に「撮られたもの」と接するとき以上のワクワクした感覚というのがある――し、そのようなワクワク感は決して私だけのものではない。
 単に「撮られたもの」として存在する<巨大衛星写真>と<GoogleMap>の差異は、なんだろうか、という疑問に対して、ものすごく素朴な回答を言ってしまえば、インタラクティブであるとか、そういうことなんだろうけれども、
 それは単に「撮られたもの」ではなく、「触れるもの」として私の目の前に存在している、というそれだけでこれだけワクワクできるというのが実に不思議。