Critique of Games メモと寸評

http://www.critiqueofgames.net の人のブログです。あんまり更新しません。

井上明人/2016年度・業績リスト

 年度末がおわってようやく少し落ち着いてきましたので、昨年度のものを貼っておきます。抜けているものがあったらすみません…。トピックレベルでは、ポケモンGOと、トランプにおわれた一年という感じでしたが、労力としては、2015年度同様、PLANETSの連載中心をもたない、現象としてのゲームについて」と、立命館での各種プロジェクトで労力の8割ぐらいを占めている感じです。

 

→2015年度のものは下記を参照

http://hiyokoya.hatenadiary.jp/entry/2016/05/19/153452

 →2011年まで更新してたもの

http://www.critiqueofgames.net/about/work/

 

■書いたもの

  1. 連載「中心をもたない、現象としてのゲームについて」第5回~第14回 現象としてのゲーム - 記事検索 - ニコニコチャンネル
  2. 2016年8月15日  Kazufumi Fukuda, Akito Inoue, Koichi Hosoi "Proposal and Validation of the Data Model of Video Game Database" Replaying Japan 2016 proceedings
  3. 同上、Akito Inoue, Kazufumi Fukuda,"Distinctive difference game titles between Japanese context and English context" Replaying Japan 2016 proceedings

    https://home.uni-leipzig.de/jgames/replayingjapan2016/program/

  4. 2016年9月 「勉強を楽しくする“ゲーミフィケーション”のススメ」『螢雪時代』旺文社 https://www.obunsha.co.jp/product/detail/033619

  5. 2016年11月17日 「ドナルド・トランプゲームなるものを考えてみた」https://news.yahoo.co.jp/byline/inoueakito/20161117-00064514/

  6. 2017年1月27日「コミュニケーションの複雑さを諦める自由 ゲームを通じた新しい自由について」 『ユリイカ:ユリイカ2017年2月号 特集=ソーシャルゲームの現在』青土社

  7. 2017年3月11日 DiGRA Japan 2016年度年次大会予稿集 福田一史、井上明人、細井浩一「ゲームDBのためのデータモデルに関する検討: LODの適用を主たる 課題として」
  8. 2017年3月11日 DiGRA Japan 2016年度年次大会予稿集 井上明人福田一史「何が「重要な」ゲームなのか?―賞、売上、博物館等におけるゲー ムタイトル選出の偏り 」
  9. 2017年3月11日 DiGRA Japan 2016年度年次大会予稿集 高橋 志行、井上 明人「会話型ロールプレイングゲームにおけるテキストチャットの研究: テキスト計量分析の視点から 」
  10. 2017年3月15日「日本国内におけるゲーム批評史」『平成28年度 メディア芸術連携促進事業 ゲーム研究の手引き』

 

■関わった主たる事業

  1. 平成28年度 ゲームアーカイブ所蔵館連携に関わる調査事業」 立命館大学ゲーム研究センター 実施報告書:http://mediag.jp/article/rits-gamearchive/
  2. 平成28年度 メディア芸術連携促進事業 研究マッピング(ゲーム領域)」

    http://mediag.jp/article/game-mapping2017/

   ほか

 

■登壇・出演など

  1. 2016年9月1日 イシイジロウ×井上明人×中川大地×平林久和×宇野常寛「ゲームは世界をどう変えてきたのか ——〈拡張現実の時代〉から展望する未来学」(Hikarie+PLANETS渋谷セカンドステージvol.13)

    http://peatix.com/event/191678?lang=ja

  2. 2016年10年27日 登壇 於 ゲンロンカフェ 井上明人 × さやわか「さやわか式☆現代文化論#28 ポケモンGOは社会を/ゲームをどう変えたか」http://genron-cafe.jp/event/20161027/
  3. 2017年11月4日 2016年度 RCGS第4回定例研究会「韓国のゲームとゲーム研究を(再)発見する──ユン・ヒョンソプ教授の講演とワークショップ」

    http://www.rcgs.jp/2016/10/114rcgs20165-20161141620193016201720173.html

  4. 2017年2月11日 登壇 科研費研究集会「ゲームの美学 ゲーム的リアリズム2.0 ──バーチャルリアリティからポストリアリティへ」http://y-labo.wixsite.com/home/blank-18
  5. 2017年2月26日 平成28年度 ゲームアーカイブ所蔵館連携に関わる調査事業 最終報告会(参考:レポート:http://mediag.jp/article/rits-gamearchive/
  6. 2017年3月25日 登壇「位置情報ゲーム×まちみらい~天保山GO!フォーラム~」http://www.city.osaka.lg.jp/hodoshiryo/minato/0000394075.htm

■メディア出演・取材(ラジオ・雑誌・新聞等)

  1. 2016年5月20日 山口むつお「テレビゲームを大学がマジで研究!立命館大学の「ゲームアーカイブ・プロジェクト」がすごい」オクトピhttp://aucfan.com/article/ritsumei-15439/?platform=hootsuite
  2. 2016年7月25日 ラジオ出演「放送分配信直後から大ヒットの『ポケモンGO』ブームの本質とは?」▼鈴木謙介井上明人▼(TBSラジオ荻上チキ・Session-22」) http://www.tbsradio.jp/57587
  3. 2016年9月15日 ラジオ出演 Crossroads 820 In the Pocket エフエムあまがさき https://www.facebook.com/permalink.php?story_fbid=801943129908732&id=581086225327758
  4. 2016年10月発売 「Oggi大学 第40講 ポケモンGOから未来を見る」『Oggi 2016年12月号』
  5. 2016年12月4日 ポケモン、進化の20年 巧みな仕掛けで子ども心ゲット:朝日新聞

  6. 2017年1月30日号 AERA 特集 依存から私を守る http://www.fujisan.co.jp/product/25/b/1455176/

書きました:『ユリイカ ソーシャルゲーム特集』、『中心をもたない、現象としてのゲームについて 第13回

 アメリカ出張から帰ってきました。明後日(3日~7日)から今度はソウルに行ってきますが、家に帰ったら寄稿させていただいた雑誌など届いておりましたので、お知らせしておきます。

宣伝(1)「ユリイカ」2月号ソーシャルゲーム特集に掲載されております。

https://www.amazon.co.jp/dp/4791703235
http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1701/22/news027.html

井上の執筆原稿は、
「コミュニケーションの複雑さを諦める自由
 ―ゲームを通じた新しい自由について―」
というタイトルで、
ソーシャルゲームの話そのものというか、ネット上に拡散した、「ゲーム的」な要素が埋め込まれた各種のコミュニケーションプラットフォームのなかで、いかにコミュニケーションが変容したのか。そして、そのコミュニケーションの変容をどのように評価するべきか、という話を書かせていただいております。

 

宣伝(2)

本日あさ、PLANETS WEB連載『中心をもたない、現象としてのゲームについて』第13回が更新されました。

今回は、また、純理論的なはなしにもどった感じで、前までの展開を忘れている方には、読み直していただかないと、話を思い出すのに手間取る状況になってきておりますが、
今月の、タイトルは「プレイヤーのいないゲームは存在しうるか?」ということで、ゲームにおける主体の有無みたいなものをどう考えるかというところから、ゲームの「学習説」を整理しようというフェイズです。
 まだ、山の三合目か、四合目ぐらいの議論ですが、お付き合いいただければ、幸いです。

[ブロマガ]http://goo.gl/GIw8E5 [note]http://goo.gl/ntkF7w

 

 

宣伝(3)
AERA1月30日発売号「依存から私を守る」
http://publications.asahi.com/ecs/detail/?item_id=18774

こちらの特集のほうに、取材先のセンセーということで、ちょろちょろとしゃべらせていただいております。雑誌全体のトーンは、いかにもゲームを非難するような感じですが、AERAの記者の方は、けっこうよく調べていらっしゃって、見出しはともかくとして、記事内容は、ゲームについてけっこう中立的に書かれているように思えました。

 

あとで読む:Jin Ha Leeさんの

メモ

 

ジャンル分類はなぜ失敗するか

Why Video Game Genres Fail: A Classificatory Analysis

http://journals.sagepub.com/doi/abs/10.1177/1555412015591900

 

追加コンテンツに関するはなし

The Problem of "Additional Content" in Video Games

 

ゲームのメタデータについてのはなし

onlinelibrary.wiley.com

井上連載「中心をもたない、現象としてのゲームについて」を読む方法

 連載第一回目はこちらです。

〈ゲーム〉をめぐるいくつかの不連続な問(井上明人『中心をもたない、現象としてのゲームについて』第1回) | PLANETS/第二次惑星開発委員会

 

 なお、現在、四つのサイトから配信されています。

 

1.PLANETS公式ページ経由で

wakusei2nd.com


 

2.ニコニコチャンネル経由で 

ch.nicovideo.jp

 

 3.note経由で

https://note.mu/hashtag/%E4%B8%AD%E5%BF%83%E3%82%92%E3%82%82%E3%81%9F%E3%81%AA%E3%81%84%E7%8F%BE%E8%B1%A1%E3%81%A8%E3%81%97%E3%81%A6%E3%81%AE%E3%82%B2%E3%83%BC%E3%83%A0%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6?f=new

 

 4.夜間飛行

 

yakan-hiko.com

 

 

 いずれも有料ですが、購入可能な記事単位、購読方法もそれぞれ違っているようで、著者本人も細かいところがわかっていませんが…、お好きな方法でご購読いただければ幸いです。

 私がいまのところ認識している限りだと

 

1.基本的に各話購入をされたい場合は、noteとかで540円で買っていただくのがベターで、

2.PLANETSの他の連載の購読をふくめて、今後読んでいただく場合はPLANETSに月々料金を払ってメルマガに加入していただくのがよいのではないかと思います。PLANETSのメルマガに加入した場合、加入する前のバックナンバーはおそらく読めない?と思います。

 

 

 

中川大地『現代ゲーム全史 文明の遊戯史観から』2016,早川書房

  私も最後のほうに、ちょろっとだけお手伝いさせていただいた中川さんの『現代ゲーム全史 文明の遊戯史観から』が刊行されました。6月に小山先生の本が出たばかりで、またしても日本ゲームの通史の本が出るというのはすばらしいことだと思います。

現代ゲーム全史  文明の遊戯史観から

現代ゲーム全史 文明の遊戯史観から

 

  さて、中川本のよいポイントを書いておきたいと思います。

 

  1. とにかく分厚い。600ページ弱あります。ゲーム系の書籍の中では、『ポケモン/ストーリー』の544ページが知る限り、ゲーム最厚書籍だったように記憶しておりますが、本書はそれを32ページ上回っております。(攻略本は除く)
  2. 具体的なゲームタイトルについての記述が厚い:600以上のタイトルについて触れているようで、海外の著者によるものだと、『死ぬまでにやりたいゲーム1001』という本がありますが、国内ゲームを中心にしたものとしては、これだけのタイトル数を載せたということはそれ自体が重要な仕事かと思います。
  3. さて、以上2点は、即物的な感じの話ですが、もう少し内容面について触れると、1958年の『Tennis for Two』以前の「コンピュータ・ゲーム」の歴史について手厚く触れている点は重要だと思います。何を持って、「ゲームマシン」や「コンピュータ・ゲーム」の起源とするか、という点については議論のあるところではありますが、『Tennis for Two』以前の状況をどう捉えるか、という議論を日本語の書籍でやっているものは、ごく単純にあまりない状況なので貴重な議論だと思います。
  4. また、同様に、ゲームサイド誌などを除くと、国内ではあまり触れられることの多くなかったPLATO SYSTEM上でのゲームについて言及しているという点も貴重だと思います。
  5. そして、本書のもっとも重要な点は、ゲーム史を通じて、社会的/思想的なビジョンを示そうという試みを行っていることです。特に序章・最終章のあたりですね。もっとも、本書で中川さんが展開しているような「西洋 vs 東洋」といった典型的な対立軸にしてしまうと、もっと西洋遊戯史みたいなとこ含めて考え始めるといろいろとツッコミは入りますね、という話とかはさせていただいているのですが、いずれにせよこういったビジョンを示そうとしていること自体がまず重要な点だと思います。

 細かな事実関係については、小山本と同じく、おそらく来月、再来月あたりに色々な指摘が、色々な方からやってくるであろうと思います。なので、中川さんは来月、再来月あたりは、賞賛とともに、そこらへんの指摘をうけつつ、ガンバるというメンタルが要請される数ヶ月になるかと思いますが、本当におつかれさまでした!

Replaying Japan 2016@ライプツィヒ大学で喋ってきたよ

 ドイツから戻ってきたら、持病が少し悪化して、通常時の4割ぐらいのパフォーマンスになっております。井上です。

 というわけで、8月15日~17日にかけて第4回国際日本ゲーム研究カンファレンス(Replaying Japan 2016)で下記のような内容をしゃべってきました。

 

  • やったこと:日本でしか有名でない(可能性が高い)ゲームと、英語圏でしか有名でない(可能性が高い)ゲームを、いろいろとデータを引っ張りあわせて、調べたよ。あと、日本語圏と、英語圏でほぼ均等に有名なゲームも調べたよ。
  • 国内でしか有名でないゲームの特徴:バンダイとかチュンソフトとかが多め。時期的には90年代中盤のゲーム。ジャンル的には、AVGRPG
  • 英語圏でしか有名でないゲームの特徴:80年前後のアタリVCS系のゲームとかが国内のゲーム史関連の話の中で言及されることが少なめ。ジャンル的にはACT,STG
  • 日本語圏と、英語圏でほぼ均等に有名なゲーム:圧倒的に任天堂。マリオ、ゼルダドンキーコングポケモンWii FitWii Sports。あとは、MGSとか、パックマンとか。
  • 国際的にゲームの動向を追っているというような人でも、けっこうそれぞれの地域のローカルヒストリーの特徴みたいなことをつかむのは難しくて、言語の問題もあるし、同時代性みたいな問題もあって、そこにはある程度、壁がある。基礎資料として、こういったデータを整備、共有していくことは重要だと考えています。
  • 今回ピックアップしたデータは、まだ不完全なところがあり、Portalが英語圏でしか有名でないものなっていたり、Ingressが日本語圏でしか有名でないものとしてピックアップされてしまっているので、より元データをきちんと整備する必要があります。データのクオリティがある程度以上になったら、データを公開しようと思います。

 

 Replaying Japan 2016のそれぞれの発表の概要は、アルバータ大学のGeoffrey Rockwell先生がまとめてらっしゃいますので、ほかの方の発表も含めて見たい方は下記をごらんください

philosophi.ca : Replaying Japan 2016

 

 なお、Replaying Japan 2016のプログラムは下記を参照

http://home.uni-leipzig.de/jgames/replayingjapan2016/program/

 

 

松永「ARとマジックサークル」へのなるべく短いコメント

To:松永エントリ

CC:公開

 

 松永さんの下記エントリへのコメント。

9bit.99ing.net

 長くかくとすごく時間くいそうなので、なるべく、さらっとにコメントしておくよ

 

 >ARゲームはふつう位置ゲームでもある。

 

 「明らかにこれはARゲームではあるが、位置ゲーとはいいづらい」ものとしてEye of Judgement(PS3)を挙げます。

 

Eye of Judgement( PS3 ) - YouTube

 

 また、ゲーム機との相対的位置情報を(おそらく)用いているが、GPSを使っていないという意味では、次の例は扱いが微妙な範疇かと思います

『ポケモンARサーチャー』の遊び方|『ポケモンARサーチャー』公式サイト

 

>現実の事態に対してゲーム内の意味の層がのっかるというのは、ほとんどすべてのゲーム(少なくとも、構成的規則を持つゲーム)に言える

  

 これは基本的には同意します

 

 ただし、次の点が論点になるかと

 

A.ゲームの参加者と非参加者が見分けにくい点

 →もっとも、アナログゲームでも、リアルの街を使った鬼ごっこなどは同様の問題がある)

 

B.ゲームプレイヤーの網膜に、物理的に見えている風景が、物理的に近接する人から見えている風景と違っているということ

 →これも、手札を隠すようなトランプであれば近いとは言える。また、VRのゲームであれば、これはより強く発生する。

 

C.A,Bが同時に成立しているということ

 →これはすぐには位置ゲー以前のゲームだと、パッと思いつかない。

 

 >『Pokémon Go』がなにかしらそういう「侵食」に見えるのだとしたら、それは参加している人が相対的に多いという程度の問題だろう。

 

 この点はあんまり同意しないです。

 ARの問題というか、GPSの問題。GPSとゲーム上の要素を紐付けていることの問題が大きいと思うので。

 ワールドカップ時にサッカーファンが通りで騒ぐのは、偶発的な事態だけど、IngressやポケモンGOで、ポケストップ/ジム/ルアーを設置することは、ゲームの開発者や参加者らによって、ゲームのメカニクスとして意図的にコントロールされた要素なので、けっこうそこは違ってくるかな、と。

 意図的にコントロールされた要素であるからこそ、JRや裁判所や神社が、「うちをポケストップから除外しなさい」という要請をナイアンテックに出すという事態が発生するわけで。そこはマジックサークル(二次的現実)の内側のものに対して一次的現実からの直接的な介入が可能になっており、二次的現実/一次的現実の間のインタラクションをしやすいというか、ある程度まで、そうせざるを得ない設計になっているという点で既存のゲームとは違った構造をもっていると思います。

 「現実を侵食する」という表現を使うかどうかは、好みの問題だと思いますけど。

 

 あと、これは松永エントリに関係ないけど、ゲーム的な話というか、サイバースペースのガバナンスみたいな文脈だと、「実空間と紐付いた電子空間に関わる権利」のような新たな権利の問題を多くの人に可視化させるという社会的機能を、ポケモンGOが担ったというのはけっこうでかいと思っていて、現実空間に紐付いた新たなレイヤーが社会に浸透するたびに、新しい制度の問題ができてくるわけで、そういうところはすげーなと思っています。もっとも、可視化自体はほんとは、ポケモンGO以前のIngressとかFoursquareとかでも起こっていたけれども、みんな気づいたよね、というのは、ポケモンGOのユーザー数のおかげだとは思うので、ここらへんは参加している人数の相対的な多さの問題があるのは確かかな、と。

 

 今週中ぐらいにはなんか書きたいが、論点おおすぐる感じがして、ヤバイな、という感じだけがしている…