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Critique of Games メモと寸評

http://www.critiqueofgames.net の人のブログです。あんまり更新しません。

PC対NPC→PC対PCという物語成立の変容

ラグナロクオンライン4コマkingdom 18 (アクションコミックス)
 90年代初期に『ドラゴンクエスト4コママンガ劇場』というのがENIXから出版されていたとき、一タイトルの売り上げが最大95万部というとんでもない数をたたきだしたことがありましたが、近年の状況をふりかえってみると、『ラグナロクオンライン』の4コマがこれまた相当な数出版されているようです。
 シリーズ名もいろいろあって、ぱっと検索しただけだとよくわからなかったのですが、双葉社が出している『ラグナロクオンライン4コマKINGDOM』が現在18巻まで刊行されていると同時に、一迅社 から『ラグナロクオンラインコミックアンソロジー』が20巻まで、エンターブレインから『ラグナロクオンライン アンソロジーコミック ぼくらの新世界(ミッドガルド)! 』が4巻まで、と怒涛の如く出版されています。

 僕自身が、小学生当時『ドラゴンクエスト4コマ』を熱読していたのもあり、比較という視点からこれを読んでみたら面白いかもなと思い、とりあえず『ラグナロクオンライン4コマKINGDOM』を10冊ぐらい入手してゴリゴリと読了しました。
 何人かの作家さんの作品についてはかつての柴田亜美*1とか衛藤ヒロユキ*2とか押田JO*3とかを見ているような感覚に襲われる部分もありましたが、ドラクエ4コマとネタ的には通じる部分をもちつつも、やはり圧倒的違うものに根ざしているな、という感触もまた強力にうけるものでした。

 まず、そもそも『ラグナロクオンライン』をネタにするという場合には、プレイヤー同士の間の共通体験というのはほとんどが「初心者だった時期がある」「転職を経験した」「ペットを飼うことができる」といったかなりシステム的な水準での経験の共有性しかなくて、それ以外には共通体験の枠組みを見出せていないんですね。そしてまた、NPCに対する興味関心も非常に低いので、ドラクエのときに「オルテガの死」ネタ(DQ3)とか「ピサロとロザリー」ネタ(DQ4)みたいな定番ネタとかもなかなか出てこない。一人用RPGの場合はNPCの中に人間的なものを仮託して物語を見出していくのが通常ですが、ここではPCとの間で発生した事件を物語化していくという手立てばかりが語られていきます

 で、具体的に、何がネタとして多いのかというと、圧倒的に多いのが、NPCネタではなく、プレイヤー同士で初心者を世話する/世話されるという関係性の中から発展していく恋愛ネタが相当の数を占めています。
 これは、言う人にいわせれば「ラグナロクはそもそもそういう連中が多いんだ」という話ですが、ラグナロク自体をプレイしてみている経験から言っても、このラグナロク4コマの内容面からしても、『ラグナロクオンライン』におけるプレイヤー関の恋愛への関心の高さはかなり驚くべきものがあります。

 そして、ここではいくつか面白い特徴が見られるのですが、まず

(1)

 たいていの場合、「最初に萌える対象」はモニターの向こう側にいるプレイヤーのメンタルな部分とかではもちろんなくてプレイヤーキャラクターのグラフィック水準でまずは、萌えていることを多くの人が表明しています。プレイヤーキャラクターのグラフィックに萌える、というのはまた、「オレはプレイヤキャラクターのグラフィックに萌えているだけだ!」というスタンスをもまた確保する言い訳としても機能しているようですが、そのような言い訳はもちろん、より深く恋愛関係にハマッていく自分を隠す言い訳としても機能するわけですね。

(2)

 で、あと、すでにちょっと書いたように「初心者」が極めて重要な機能をもっていますね。ラグナロクオンライン4コマにおいて描かれるプレイヤーたちの姿はRichard Bartleの分類*4を借りれば、多くはSocialisersと類型化されるようなタイプのプレイヤーが中心ですが、彼らがMMORPGの社会にコミットメントし、そこで社会化される過程において「初心者」が意味をもつわけです。初心者として上級者に接するときは、上級者は「憧れの対象」としてあらわれ、上級者として初心者に接するときは、初心者は「守るべき赤子」として描かれる。この教える/学ぶ関係のよーなところから、というか…ほとんどここを中心に恋愛が駆動されていますね。

(3)

 そして、そこまでおおっぴらには語られないものの、最重要といえ最重要の問題がネカマ/ネナベ問題。ぶっちゃけ、MMORPGのプレイヤーなんてのはどう考えても大半は男性によって締められており、女性の比率はマイノリティにならざるをえない場所です。そもそもゲームユーザーの構成は男性比率が圧倒的に高いわけだからこれは仕方がない。だけれども、アバターとしてはネカマをやろう…という心理に限らず、格闘ゲーム春麗を選ぶ程度の気持ちで女性キャラクターを操作する男性とかもたくさんいます。で、結果としてMMORPGの空間は半分ぐらいが「女性キャラクター」によって占められるわけですが、この空間を前提として恋愛行為が行われていく。一部のプレイヤーは恋愛ではなく「親友の延長線上」だと言ったりもしていますが、ここの境界はぜったいにかなり曖昧になっていて、オフ会などで直に相手を確認していない限り、「彼女(彼)は中身のプレイヤーも女性なのか、男性なのか」ということを常に疑いつつ恋愛(?)をやるしかない。
 で、あるがゆえにラグナロクオンラインを語るこの4コマの中ではネカマぐらい、寛容にならなきゃ」というネカマへの寛容とかが語られたりもするわけですね。一時期もりあがったブリジット祭り*5ほどの極端さに至らずに、生物学的な性に寛容になる感性が成立しうる場所になっています。これを楽観的に「アイデンティティの自由選択の場所」ととらえる方向性もなくはないのでしょう。ただ、その観察はさすがに極端に過ぎていて、そもそもここでは「恋愛」というものがプレイヤーキャラクター水準と、プレイヤー水準で奇妙に交差しています。プレイヤーは恋愛に深くコミットメントするための最終的な判断基準としては、やはりプレイヤーの生物学的な性に依拠しつつも、単に動物的な「萌え」を表明する程度においては、プレイヤーキャラクターレベルでの恋愛をガンガンやってしまう。

      • -

 以上はかなり適当な現時点での偏見まじりの雑感なので、いろいろなご指摘もあるかと思いますが、とりあえずの観察として書き留めておきます。

*1:南国少年パプワくん』『ドッキンばぐばぐアニマル』

*2:魔法陣グルグル

*3:http://www.geocities.co.jp/AnimeComic-Tone/8116/

*4:"HEARTS, CLUBS, DIAMONDS, SPADES: PLAYERS WHO SUIT MUDS"(1996)、 http://www.mud.co.uk/richard/hcds.htmを参照。Richard Bartleはこの論文の中でMUDにおけるプレイヤーを二軸できって「Killers」「Achievers」「Socialisers」「Explorers」に分類し、ゲームごとにこの類型ごとのバランスが変化させていくことの重要性を論じています。また、この分類を日本でよく知られている論者であるうさださん(http://lovelove.rabi-en-rose.net/)の分類軸(http://lovelove.rabi-en-rose.net/blog.php?n=171)に強引にあてはめれば、Killers=「ゲーマー」、Socialisers=「コミュニティ論者」、Achievers=「自己顕示者」といったところでしょうか。うさださんの分類に、Explorersがみあたらないっぽいのはこれはこれで面白いのですが。ちなみに、リチャード・バートルのこの論文については、http://d.hatena.ne.jp/kataho/20040817/p2 のほうでもう少しきちんとふれられています。

*5:http://www.canal.ne.jp/%7Etakama/bri/より「ブリジットとは▼ブリジットとは14歳のシスターの格好をした「男の子」で、その生い立ちには複雑な事情があります。しかし本人はそんな事も気にせず、明るく呑気な賞金稼ぎとして得意のヨーヨーと相棒のクマのぬいぐるみ「ロジャー」を駆使して闘う日々を送っています。▼その容姿から当初ブリジットは女の子と思われていましたが、ゲーム発売を前に男である事が判明、周囲に大きな失望と衝撃を与えました。ですが、失望はある覚悟を秘めた言葉を生み出し、一転して大きな希望へと姿を変えます。その言葉とは…▼「男でもいい! いや、むしろ男だから良い!」▼聞きようによっては個人の社会的地位を一瞬にして失墜させかねない発言ですが、ブリジットに惚れ込んだ方々の大半は、この言葉を掲げ、改めてブリジット萌えを宣言しました。なんと感動的な物語でしょう。▼背徳と倒錯の果てに、性別すら越えて人々を魅了したブリジット。今回のイベントがブリジットの魅力に触れるきっかけとなる事を、そして、既にそれを知る方々にとっては強くその魅力を再認識する有意義な場となる事を強く望んで止みません。」