昨年のベストセラー本。隅々まできっちりとではないが、ざっくり読んだが、読む前に抱いていた印象がだいぶ変わった。
- なんとなくの印象で、本の売り方のうまい欧米のライターかなんかが書いた、わかりやすい本かなんかだろうと思っていただのが、アオリがうまいだけではなく、著者らが「ガチで偉人」と言ってよい人で、どちらかというと、そちらのほうに衝撃を受けた。
- 冒頭の「13の質問」は、あおりとしては非常によく機能しており、本の売り方としても秀逸。
- また、ハンス・ロスリング氏自信が「ガチの偉人」なので、挿入されているエピソードの一つ一つが非常に強い印象を残す話であり、まあ、ベタに「立派」としか言いようがない話が多い。「このひと、マジで立派だなあ……」と読んでいて何回かつぶやいた。
- 全体の内容としても、順当なメディアリテラシー/データリテラシー的な啓蒙的内容であり、ある種の編集者にとっては、これって「理想の本」なんじゃないだろうか。(1)著者本人のもつストーリーが強く(2)本のアオリとなる質問があり(3)TEDでバズりまくった講演があり事前の集客力があり、(4)内容的にも、まっとうな啓蒙と、三拍子揃っているどころか、四拍子ぐらいそろっている。つまり、「良いものがよく売れる」ということを叶えてくれる本。
- DDTへの過剰な危惧に対して釘を指しているあたりの話は、なんだか、苦労が忍ばれた。DDTに対する、長期的な研究結果があったとしても、国際NGOの人たちとかは、まあ、DDTとかに対して拒否反応を示すような対応を取るような気はする。
- 学生向けに使えるわかりやすい「データの読み方」的な例がないか、と思っていたのだが、扱われているデータは、基本的に記述統計学の範囲におさめてあり、統計的な検定などの話題は、あえて触れられないようにしている印象があるので、その意味では、目的の本ではなかった。まあ、それは、ただ単に私の側の想定違い。
- 「啓蒙書」としては、これほど多面的によくできた本はなかなかないのではないか、と思えるつくりで、何かの局地にある一冊だなと思えた。
追記(2020年9月15日)
- amazon reviewを読んでいたら、「人間の世界はよくなったのかもしれないが、<世界がよくなった>と書くことは、人間中心主義的なのでは」という、自然環境保護系の立場からのコメントがついていた。まあ、FACTFULLNESSは、一応、温暖化の問題には触れているが、確かに基本的には「世界は良くなっている」系の本である。また、ゴア元副大統領とのやりとりもあり、自然環境問題についての過剰な危機感をあおる報道にについても、きちんと書かれている。
- とは言え、この「世界はよくなっているよ」タイプの主張の系譜は、スティーブン・ピンカーなどの、米国のインテリ層に見られるもので、自然環境保護派からの、ピンカーやロスリングに対する反感は、それはそれとして妥当なところはあるだろう。
- ハンス・ロスリングのこの本も、ピンカーもどちらも、「世界はこんなに悪くなっている!」系のメディア報道に対する嫌気のようなものが感じられるもので、ピンカーや、ロスリングらの、気分は完全に同意する。テレビを見なくなってから、やっとワイドショーで、下世話なネタをみることがなくなってよかったなと思っていたのに、最近はネットでも、ワイドショー的な炎上ネタを多くみるようになって辟易しているので、本当にその気分はよくわかる。
- しかし、では、自然環境保護派にも配慮して、バランスをとると本の全体的なトーンの保ち方はかなり難しくなるだろうな、とは思う。ハンス・ロスリングのこの本は、そういった状況を鑑みつつも、かなり頑張っているとは思うが、啓蒙というのは、難しいもんだなあ、と思った次第。